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体験談①

転職活動について語る前に、私が大学生として就職活動をしていた頃の話から始めます。 それは、バブルがちょうど崩壊した1995年でした。入りたい会社、やりたい仕事は漠然とながら自分の心の中にありましたが、会社訪問をいくら繰り返しても、手元には不採用通知ばかり、志望順位の高い企業や職種程、面接などでも緊張しますので、余計にうまくいきませんでした。 夏休みに突入。クラスやサークルの友人は、ほぼほぼ内定を勝ち取り、悠々自適のバケーションです。私は日焼けした肌にリクルートスーツであくせく東奔西走でした。落ちこぼれた自分が情けなく、悔しくて、ついに訪問を予定していた企業が、なくなりました。全部不採用という、最悪のどん底でしたね。 泣く泣く、というか、本当にさめざめ泣く日ばかりでしたが、ゼミの教授に相談したところ、農協系の金融機関を紹介してくださったので、また落ちるだろうと思いながら訪問しました。 もう、何がしたいとか、どこに入りたいとか、そんなものは頭からとっくに抜けて、ボランティアでもいい、無給でもいいから、私を拾ってください、という思いでしたよ。 恐る恐る面接開始。手応えは全くなく、面接を終えて帰宅。そこに即内定の返事がありました。一気に暗雲が晴れました。やっと、終わったんだ。解放された、と。 それで翌春入社し、一年半程仕事しました。経理的な仕事で、9時から5時まで、座っていればまあ、給料は貰える職場でした。ただ、決算時期だけは、缶詰め泊まり込み、ゴールデンウィークも休みなし、という極端な世界。五月病になり、うつ病で数ヶ月自宅待機しましたが、耐えきれず退職しました。 約1年、寝たきりで回復できない不毛な日々。学生の頃、英語が好きだったので、NHKのラジオ英会話を聞くようになりました。約半年、寝たきり、ラジオ垂れ流し。知らぬ間に、英語が聞き取れるようになりました。 それから一気にやる気が起こり、英検やTOEICを受けるようになりました。そうこうする内に、英検2級、TOEICは860点を超え、これだ、と思いました。英語の仕事が、したい! それでいくつか派遣会社に資格を登録して、10社程訪問して、欠員急募の貿易事務の仕事に就くことができました。自分の好きな分野。もちろん、未経験で、電話の向こうの外国人が喋る英語の8割くらいはまあ、聞き取れず、常に冷や汗をかきながら、ミスだらけで、よく社長の叱責を受けました。 それでも、好きな仕事、は無敵ですね。がむしゃらに働いて、何とか一人で貿易事務の仕事ができるようになり、人生捨てたものではないと、思えました。 それから約20年。いくつか職を転々とはしましたが、英語で飯を食いました。高度な英語の資格も経験値に比例して取得できるようになりましたよ。 最初にいた金融機関を辞めて、寝たきりの中で発見した、自分のやりたいこと。遅ればせながらもぎ取ったあの転職があったから、今の自分があるのだと、思います。 私が伝えたかったのは、自分の意思でもそうでなくても、会社を辞める、という事態になっても、焦らず、自分と向き合えば、進むべき道は知らずに開けてくる、ということです。 無職というのは、なかなか後ろめたく、情けなく、焦りを生みますが、じっくり自分と向き合う時間を作れる環境ですから、チャンスでもある、ということです。 一度、自分の核や軸ができると、転職活動は、実り多きものになります。私も今、体調を壊し、無職で充電しながら、在宅の内職をしていますが、あまり悲観しておらず、こうしてライティングをするのも悪くないと思っています。 また、道は開けますからね!

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